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2006年12月 1日

▼ 文教の地の由縁

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(内町 東勝楽丁 伝承館前)

内町 東勝楽丁 伝承館前の友好記念碑です。

眞壁家が1602年に国替えとなり茨城から角館に住み着いた事を縁に、
茨城県桜川市の眞壁ライオンズクラブと角館ライオンズクラブが友好を深めるため、
この記念碑を建てました。

江戸後期に秋田市に移るまでの約200年間
角館の東勝楽丁に2箇所 小人町に一箇所に居を構えました。
その後東勝楽丁の眞壁家二軒分の間口約三十間、奥行き約二十間の跡地に
郷校「弘道書院(こうどうしょいん)」という学問所が建てられ、
明治7年には町立角館小学校へと変わっていきます。

眞壁氏から引き継がれた学問の礎が郷校、小学校と伝承され
文教の地としての角館を築き上げてきたのです。

「弘道書院」の前に寺子屋的私学所

1 表町下丁に畑駒岳(はた くがく)による「致道館(ちどうかん)」
2 田町上丁に糸井伊兵衛(いとい いへい)による「朋来堂(ほうらいどう)」
3 小人町に平沢三郎右衛門(ひらさわ さぶろうえもん)による「麗沢館(りたくかん)」

が藩校(秋田市)より先駆けて建てられたことが
他の地域よりも学問に対する向上心が強かった証であり、
その学問を支える地域の豊かさの証であると思います。

投稿者 角館町観光協会 : 2006年12月 1日 10:37

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