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2007年12月31日
▼ 元旦歓迎イベント

(角館町観光協会 駅前村 駅前側入り口)

(角館町観光協会 駅前蔵 西側入り口 ユズリハと共に)

(角館町観光協会 駅前蔵 振舞酒の準備)
角館町観光協会駅前蔵の様子です。
今年一年間皆様にはお付き合い頂き
感謝の念に耐えません。
来年も角館の素晴らしさを皆様にお伝えする為に
努力していきたいと思います。
角館で分からない事がありましたら、
なんでも結構ですので角館町観光協会0187-54-2700
までお問い合わせ下さい。
職員一同可能な限り皆様のご要望に副うように
頑張りたいと思います。
さて元旦には歓迎イベントとして、
お菓子、漬物の食べ比べ、
秀よし・出羽鶴・福の友提供の振舞酒
長靴無料貸し出し
が行われます。
冬の角館を満喫するにはこれからが
最高の季節ですので、
是非時間を作って角館に起こし下さい。
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先日戴いたコメントへの返信
やっちゃん様
コメント有難うございます。
こちらこそ一年間有難うございました。
偶然にもやっちゃん様も拝見する事がで来たし
今年はラッキーな一年でした。
来年も私の気が付かない角館を教えて下さい。
良いお年をお迎え下さい。

(角館町観光協会 駅前蔵 長靴無料貸し出し)

(角館町観光協会 駅前蔵 職員)
投稿者 角館町観光協会 : 07:14 | コメント (2)
2007年12月30日
▼ 大正造りと江戸造り

(田町上丁 太田家隣 正面)

(田町上丁 太田家隣 裏面)
田町武家屋敷 太田家隣の大正造りの家ですが、
正面は大正造りで裏面は切り妻の江戸造り、
先日紹介した太田家は左の棟はどちらも大正造りですが、
右の棟は玄関側が大正造りですが裏側は切り妻造りです。
なぜ? 前後が違うのか?
窓の建具、板の張り方などが違う為に
経済的なことを考えるとかえって割高になるように思えるのですが、
なぜそのような建て方をしたのでしょうか。
流行的な建物にしたい、しかし昔風の建物も捨てがたい、
それとも今と同じで若い人が現代的なものを欲し、
親達は古き良きものを希望するので、
今で言う二世帯住宅とでも言ったらいいのか、
苦肉の策として違う建て方にしたのでしょうか?
この様な一つの景色から、往時の心の葛藤、親子関係、時代背景などを
勝手に想像して時空の旅、想像の旅ができるのが
角館の面白さ、素敵さです。
投稿者 角館町観光協会 : 06:56 | コメント (1)
2007年12月29日
▼ 角館鎮守神明社 狛犬か?獅子か?

(角館鎮守神明社 右の獅子)

(外町 角館鎮守神明社 左の獅子)
外町 岩瀬 角館鎮守神明社の二の鳥居の狛犬です。
狛犬とは、犬に似た想像上の獣の像で、
神社や寺院の入口の両脇あるいは本殿・本堂の正面左右に
1対で置かれている石製や銅製、稀にある木製の置物です。
向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で角はなく口は開いており、
向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で1本の角があり口を閉じていて、
一般的に両方の像を合わせ一対として「狛犬」と云われているようです。
なお口の表現は前に紹介した「薬師寺の仁王様」と同じで「阿吽(あうん)」を現していて、
平安時代からの仁王様の影響によることだそうです。
厳密には、角のない方の像を「獅子」、角のある方の像を「狛犬」と言い、
「獅子狛犬」と呼ぶのが正しいということですが、
昭和以降に作られた物は左右共に角が無い物が多く
その場合は「獅子」とだけ呼ぶのでしょうか?
角館鎮守神明社の狛犬は太平洋戦争までは銅製でしたが、
戦争時に没収され現在では玄昌石(げんしょうせき)に代わり、
ご覧の通りどちらも角がないものなので「狛犬」?「獅子」?です。
更に左の獅子は子供をあやし、右の獅子は手鞠を持っている、
厳しさの中に柔らかさ、優しさを現す為の設えではないかとの事ですが、
角館鎮守神明社の場合は宮司「戸沢様」の持つ厳しさ・凛々しさ・優しさが、
獅子に移ったからだと思います。
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先日戴いたコメントへの返信
茂木様
コメント有難うございます。
角館を離れ遠く南のところにお住まいのことだそうですが、
さぞかし故郷が懐かしいことと思います。
神明社のお祓い件ですが、
いつでも良いと思います。
私もお払いして頂きましたが、
家族に不幸が続いたりした時の厄払い、
新車を買ったときの安全祈願のお祓い
池や井戸を埋めるときのお祓い、
様々なお祓いやお祝いがあるので、
角館鎮守神明社に直接お聞きすれば良いと思います。
因みに女性は33歳、男性は42歳ですが、
その前後も前厄、後厄として三回御祓いして頂きました。

(神明社 参道)
投稿者 角館町観光協会 : 07:08 | コメント (0)
2007年12月28日
▼ 懸魚(げぎょ)の由来

(内町 東勝楽丁 岩橋家)

(外町 安藤家)
内町岩橋家の懸魚 外町安藤家の座敷蔵の扉の鏝絵(こてえ)で
どちらも波の模様が現されております。
懸魚の語原は屋根に懸けた魚に由来しているそうです。
火に弱い木造寺院を火災から守るため、
水に縁のある魚の形を屋根に懸けることによる
火除けのまじないにした事が始まりと考えられています。
魚の身代わりを屋根に懸けることが「水をかける」
という意味に繋がることから名前が来ているようです。
この波模様も同じ意味で、波=水を表現することで
火災から蔵を守るというまじないだそうです。
他の地方では水という文字をそのまま鏝絵として
蔵の壁に付けられている所もあります。
懸魚は仏教が朝鮮半島から伝来した時に伝来した説と、
中国から直接伝来したる、という二つの説があるそうですが、
因みに中国雲南省では、一般の家で魚の形の懸魚を屋根に
吊り下げる風習が今でも残っているそうです。
懸魚と同じに火除けや魔除けのまじないとしては、
城郭の天守に上げている鯱(しゃち)や鴟尾(しび)
鬼瓦の例などがあります。
投稿者 角館町観光協会 : 06:49 | コメント (0)
2007年12月27日
▼ 角館の大正浪漫

(田町上丁 太田家)

(太田家)
田町上丁 太田家の大正ロマン溢れる建物で、
建物と手前の日本庭園が見事に調和しております。
大正時代は文明開化の流れを受けて
江戸時代の封建主義や鎖国の後ろ向きの世相が影をひそめ、
欧米から次から次へと近代文化が日本に輸入された時代です。
明治時代の半世紀を経てやっと秋田の村や町にも
その近代文化の流れが現れた時代でもあり、
角館にもその文化が間違いなく流れてきた証の建物です。
大正ロマンは19世紀のヨーロッパの「ロマン主義」がその根底にあるといわれ、
アール・ヌーボーやアール・デコの影響を大きく受けているそうです。
田町上丁太田家の建物もその影響を受けており、
下屋のしずかえの形、下屋の裏板の色(黄緑色)、窓のさんの形、
屋根の曲線、柱の入り方などに現されていると思います。
「ロマン」は「浪漫」という当て字でも書かれますが、
この当て字は「夏目漱石」が付けたと言われているそうですが、
角館の場合はその「大正浪漫」の方が似合いそうです。
大正期に活躍した「竹久夢二」の作品に描かれた女性が
玄関から「おはえんし」と現れてきそうです
